「自殺」がテーマのシンポジウムに出席して

もう1カ月以上前のことになりますが、日本でイタリア人が 企画したシンポジウムに出席しました。題名は、イタリア人が つけたこともあり、とてもダイレクトなのですが「自殺」についてです。

日本で年間どのくらいの自殺者がいるか?という説明に始まり(日本ではにこの10数年、3万人前後が自殺で亡くなっています)、パネリストさんたちの話のあと、とても活発な質疑応答が行われました。内容は日本のことだったのですが、主催者がイタリア人だったこともあり、出席者にはイタリア人がとても多かったです。

自殺の少ない国イタリア

イタリアでも最近では自殺が増えているようですが、それでも先進国中では欧米の中でもフランスなどに比してとても少なく、年間3,000人ほどに留まっています。人数だけなら日本の1/10。人口は日本がイタリアの約2倍なので、立からすると1/5程度。

理由として

  1. イタリアの国教カトリックが自殺を禁じていること。
  2. 地域の無償あるいは実費程度で頼れる自発的なコミュニティが発達していて、1人暮らしのお年寄りや小さな子供を抱えた主婦などが孤立しにくいこと

などは言われているのですが、私はこのシンポジウムに出席して、イタリアに鬱や自殺が少ないのは、イタリア人の国民性も関係あると思いました。単純に楽天的だと言いたいのではありません。イタリア人はとても個性豊かなのです。そして個性をどんどん前面に出すことを良しとしています。

対して日本人は「周りと同調すること」「空気を読んで輪を乱さないように生きること」を求められる傾向がありますよね。だから、窮地に陥った時、「周りの目を気にして」さらに状況を悪くしてしまう可能性もあると思うのです。

「皆と同じ」を求められるのが苦痛だった少女時代

私自身の話で恐縮ですが少しだけ。私は子供のころから、周りから変わった子だと言われてきました。大人になってからも、年齢相応の常識は持っていると言われるものの、相変わらず個性豊かとの評価を受けています(汗) もう、人から変わってると言われるのも慣れてしまって、私はこれでいいや~なんて思ってますが、子供の頃はそんな自分の性格がコンプレックスでした。

特に子供の頃は親の仕事の関係で田舎に住んでいたこともあったので、比較的狭い世界で静かに暮らしていく中で私は浮いてました。軽く苛めにあったこともあります。私がもう少し精神的に繊細な子どもだったら、ぽきっと折れてしまったかも知れません。

それからもいろんなことがあったけど、大人になった今はとても楽になりました。類友なのか、友達も仕事上のパートナーも個性豊かな人が多いからかな・・・。交友範囲も視野も広がって自分を卑下することなく、自分自身を認められるようになったからかもしれません。

個性を尊重するということ